認定NPO Living in Peace代表の慎泰俊が今会いたい人と、これからの働き方・子どもの未来について語ります
第3回
2013年11月23日(土)
乙武 洋匡さん × Living in Peace 代表 慎 泰俊
【前編】僕が教師になった理由、そして教師を辞めた理由
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ブラックボックス化した家庭 教師に何ができるのか
慎  :私の場合は、親から進路について言われたことが一切なかったんです。もう勝手にしろって。でもそれができたのは、親に親なりの世界観がちゃんとあって、もちろん勉強はしてくれればいいがそれが全てではないということを、そのなかで理解していたからだと思います。だから乙武さんの本にもありますが、やはり親のファクターがけっこう大きいのではないでしょうか。子どもは親や、一緒に住んでいる人、養育してくれる人を見て育ちますから。乙武さんは、そういう点に関して、担任された親御さんにアドバイスは何かをされましたか。 乙武 :うーん、そういうアドバイスはなかなか...

対談中の慎泰俊

慎  :先生は逆にやりにくいのかも(笑)。 乙武 :教員をやっていて強くジレンマを感じることがありました。というのも、担任として日々子供たちと接していると、子どもたちにとって家庭がいかに重要か気づかされるんですよね。例えば、急に忘れ物が多くなったとか、急に授業中のおしゃべりが増えたとか、急に友達に暴力をふるうようになったとか、すごく顕著な行動の変化があったときには、ほとんどの場合、何か家庭環境の変化があったことが分かるんです。つまり、子どもたちにとって家庭はそれだけ安全基地であるべきで、ひとたびそこが脅かされると、ダイレクトに子ども自身が揺れ動いてしまう、ということなんです。しかしその一方、今の教育現場では、以前よりも「家庭」がさらにアンタッチャブルな存在、いわばブラックボックス化してきているのも事実です。例えば、僕らが子どもの頃は名簿というものがあって、子どもの氏名、お父さんの名前、お母さんの名前、住所、電話番号などが書かれていましたが、今はほとんどの学校で見かけなくなりました。 慎  :え、そうなんですか。

乙武 :やはり個人情報という観点があるみたいですね。例えばひとり親の家庭だと、両親の名前を書く欄に、ひとり分しか書けない。片方が空欄になるから、それを理由に子どもがいじめられてしまうのではないか、ということみたいで…。他には、家庭訪問。
慎  :僕らの頃は、ごく普通でしたよね。
乙武 :僕が勤務していた学校は、なかったんです。すべての公立小学校がそうということではないかもしれませんが。
慎  :へえ... やっちゃだめなんですか、今は。
乙武 :正確に言うと、希望されたご家庭のみ訪問していました。希望されないご家庭は、地域訪問といって、それぞれのお宅の前まで行って、ああなるほど、ここに住んでるのねと確認して次の家に向かう、という内容のものでした。僕が担任していたクラスは23名の児童がいたのですが、家庭訪問を希望されたのは2軒だけ、つまり、23分の2です。
慎  :驚きました。それだと学校から家庭への働きかけは難しいですね。
乙武 :家庭に入り込んでいかないと、なかなか子どもが抱えている問題やその解決の糸口は見えてきません。でも、家庭は時代とともにブラックボックス化してきている。これは教師にとって悩みのタネのひとつですね。
慎  :家庭や住んでいる場所が子どもに与える影響は、すごく大きいですよね。40年間教師をやってきた私の親は、子どもを見れば親がだいたい想像できると言うほどです。でも子どもはすぐに育つものじゃないし、一緒に住んでいる親であっても、盆栽を育てるように、時間の経過とともにじっくり見守るというもので・・・、それすらもできないという教育現場に、乙武さんご自身は、限界をお感じですか。
乙武 :僕はとにかく限界をつくってしまうのが嫌いなので、そういう厳しい状況でも何かできないだろうか、というところからスタートします。まず僕が意識したのは、保護者の方と良好なコミュニケーションをはかることです。この先生は信頼に足る人である、本来の業務でないとしても多少の愚痴を聞いてくれ、相談に乗ってくれる先生であるという認識を、保護者の皆さんに持っていただきたいと思っていました。そのことが結果的に、目の前の子どもたちをより良い環境で育てることに繋げられるだろうな、という思いがありました。
慎  :それはどう繋がるのでしょう。
乙武 :つまり、子どもが幸せに育つ上で、親御さんが幸せであること、笑顔でいることがすごく大切なことだなと思っているんです。例えば、実際にはなかったですが、嫁姑問題でお母さんが悩んでたり、不満があったりします。それらは本来は僕の仕事と関係ないですよね。
慎  :関係ないですね(笑)。
乙武 :だけど、もしそうした問題のせいでお母さんがイライラして子どもに当たったり、子どもに対して寛容性を失ってしまっているのであれば、僕が愚痴を聞き、お母さんが少しでもスッキリすることで、その分が子どもへの愛情につながったり、子どもの多少のミスには目をつぶれるようになるかもしれません。そうであるなら、僕は喜んで聞きたいと思うんです。これは別に本来の業務ではないですから、すべての教員に課してしまうことは、また大きな問題になってしまいますが・・・。
慎 泰俊 Taejun Shin
1981年東京生まれ。
朝鮮大学政治経済学部法律学科卒、早稲田大学ファイナンス研究科修了。モルガン・スタンレー・キャピタルを経て、現在はPEファンドの投資プロフェッショナルとして様々な事業の分析・投資実行・投資先の経営に関与。
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